ボイスマーケティング後進国の日本 ー 日本における浸透は絶望的?

ボイス先進国になれない日本 ― 拡がる海外とのギャップが生まれる理由とは?

日本語版のGoogle アシスタントとAlexaが日本でも発表され、日本でもボイスが少し身近な存在になりつつあった2018年。アイプロスペクトではAPAC(アジア太平洋地域)、ヨーロッパ、アメリカ大陸の約10,000人を対象に音声認識技術に関する利用目的と利用率の調査を行いました。その結果、日本のボイス利用率はインドの82%の半分にも満たない40%にとどまり、アジアにおいて既にボイス後進国となっていました。あれから2年、国内のボイス事情は変わったのでしょうか?

スマートホームスピーカーデバイス

日本でボイス関連の主なニュースと言えば、Amazon Echo Show Google Nest Hubなど画面付スマートスピーカーデバイスの発表に関するもの、及びAIアシスタント対応の家電や機能についての紹介にとどまり、ボイスの活用・普及を示すようなニュースはほとんどなかったと言えるでしょう。中国やインド、米国などのボイス先進国とのギャップはますます拡がりつつあります。

早くからボイスをライフスタイルやマーケティングチャネルの一部として導入し、活用できているボイス先進国は、現在すでにボイステクノロジー活用の転換点にいます。ボイス先進国のマーケターは、モバイル機器によってもたらされた変革以来最大ともいえる消費者行動の変化を目の当たりにし、コロナ禍によってこの変化はさらに加速する、と考えているのです。彼らはボイスファーストへの重要性を肌で感じており、シフトが起こった際にどう消費者の注意を引き付けるか、そしてそのために何をすべきかを理解すべく対策に乗り出しています。

何故日本はこの分野で遅れをとったのか、日本でボイスが導入・活用され難い要因は何でしょうか?また、日本社会で独自に発展が見込めるボイス活用法とはどういうものか、紐解いていきましょう。

デジタル革命にも見える致命的な日本市場の出遅れ感

最近よく耳にするDX(デジタル・トランスフォーメーション)ですが、新しいテクノロジーを柔軟且つ積極的に採用するアジア新興国と比較すると、日本のDXへの取り組みは大きく水をあけられています。このDXの遅れが、日本がボイス先進国になれない要因のひとつとして立ちはだかっていることは言うまでもありません。

Google検索やYahoo!検索などのウェブ検索結果の順位を最適化するSEOというサービスを耳にしたことがあるでしょう。コロナ禍でデジタル機器の使用時間が伸びたこともあり、企業は自社サイトの有効活用を検討し、あらためてSEO施策の実装を始めました。一方で、海外ではすでにボイスファーストへのシフトを見据えた音声検索SEOに注目が集まっています。

「ポジション0」の重要性

ブラウザの検索結果と音声検索結果の提供のスタイルには、大きな違いがあります。ブラウザの検索結果の場合、1ページに何件かの上位検索結果が表示されるため、私たちは上位数件の結果を瞬時に確認することができ、同じページ内にある1位と2位以下の差はほとんどありません。

しかし、音声検索結果では、「ポジション0」と呼ばれる最も優れた情報を提供しているとされるコンテンツをAIアシスタントが読み上げ、必要であれば動画の提供、MAP、道順、営業時間等の情報を次々と提供します。1件の情報に焦点を当てた情報提供スタイルとなるため、検索結果2位以下との格差はより鮮明です。音声検索SEOを考えたとき、単純に文字による検索か音声による検索かの違いだけでなく、この「ポジション0」を獲得出来るかどうかはとても重要な要素なのです。

世界中のスマートフォンユーザーの31%は少なくとも週に1回は音声検索を使用しており、スマートスピーカーでの音声検索も含めると、全世界で音声による検索は毎月10億回にも達しています。一部メディアの報道では、2020年を目処にすべての検索の50%が音声でアクティブ化されるというマーケティング業界の予想も出ていました。音声検索が全検索の50%を超えるということは、ボイスファーストへのシフトがすぐそこまで来ていることを示しています。

つまり、音声検索SEO施策を打たず、ポジション0を獲得できなかった場合、検索結果としてユーザーに提供される機会を逃がすだけではなく、企業にとってはカスタマーエクスペリエンスを低下させ、音声対応を講じている競合他社に市場シェアを奪われてしまうリスクさえあるのです。にもかかわらず、日本語の音声検索SEOを視野に入れている企業はまだまだ少数であり、近い将来大きな強みとなる可能性が高いにも関わらず注目度が依然として低いのはなぜでしょうか。

過去の経験が普及の妨げになっている?

音声入力・若い女性

日本市場は、現在のボイス先進国と比べてスタートが遅かったわけではありません。多くの日本人とボイステクノロジーとの初めてのタッチポイントは約10年前に遡り2011年に発表されたiPhone 4S搭載のSiriだったかと思います。発表された当時のSiriの音声認識技術の精度は英語でも70%と低く、何度も言い直しが必要だったり、問いかけに対しても「すみません、わかりませんでした」と返答したりと、決して円滑なものとは言えませんでした。

新しいテクノロジーに興味津々だった私たちと、音声認識レベルがまだ駆け出しだったSiriとの間で起きたスムーズに進まないやりとり。その古い記憶がボイステクノロジー全般に懐疑的な印象を持つきっかけとなり、日本市場への普及を阻む一因となった可能性は否定できません。ただ、現在のテクノロジーの発展と精度を持ってすれば、過去のネガティブな記憶を払拭できるのです。現在AIアシスタント搭載機器を使用するユーザーの72%は、「デバイスが自分たちの生活の一部になっている」と回答しており、一度ボイスを生活に取り入れれば継続して使いたいと感じるユーザーはかなり多いことがわかります。

データドリブン・マーケティングの落とし穴

AIアシスタントは音楽を流したり、天気予報を伝えたり、部屋の電気を付けたり消したりする為だけのツールではありません。スマートフォンのアプリやボイスアプリによって、活用の可能性は無限に拡がるのです。マーケティング関連に目を向けてみると、海外ではすでに、人気TVドラマシリーズのテレビ連動型コンテンツのマーケティング大手菓子メーカーによる期間限定フレーバーのプロモーションなど、ボイスを活用したマーケティング・プロモーションや成功事例が多々あります。これらの事例からもボイスマーケティングは顧客とブランドのエンゲージメントを高めるための最良な手段のひとつだと言えるでしょう。

一方で、日本におけるマーケティング事例はどうでしょう?保守的な文化背景も相まって、日本では概して企画提案の段階で市場における既存の成功事例が求められます。

「データドリブンな施策=売上に直結する成果」が期待されることから、誰かが既に成功事例を作っている施策であれば自社も追随したい、でも誰もまだ挑戦していない施策をやるのは怖い・・という傾向はかなり強く、海外市場に比べて型破りなボイス活用アイデアはなかなか採用されそうにありません。顧客のブランドへのエンゲージメント強化がプロジェクトの本来のゴールであっても、データドリブンを意識しすぎるあまり、データ取得・活用とそこに付随する目先の利益が焦点となってしまい、新しい技術の導入や革新的な「試み」に挑戦しづらい状況と言えるでしょう。

プライバシー保護の観点からデータ取得が難しいボイスプロジェクトを進めるには、どのような形で効果検証を行っていくべきか、ここにも大きな壁があるのです。また、「音声アシスタント=スマートスピーカー」と捉えるマーケターも多く、スピーカーの所有率がボイスの普及率だと判断し、マーケティングのフィールドとしてボイスは弱いと判断されがちです。

しかし実際は、音声アシスタントはすでに私たちのスマートフォン、スマートスピーカー、デスクトップ/ラップトップ、タブレット、ウェアラブル、ゲームコンソール、スマートTV、車、スマート家電など、どこにでも存在しています。ボイスを活用できる環境は十分整っているにもかかわらず、ボイスをマーケティングに採用できていない。これがボイス先進国になれない日本のマーケティングの現状ではないでしょうか。

おひとりさま高齢化社会が進む日本 ボイスの活路も日本独自の方向へ?

超高齢社会

最後に、今後の日本で予想される「日本独自の社会環境に即した」ボイス活用の可能性について考えてみましょう。世界でも「おひとりさま社会」が進行していますが、現在日本の35.7%は単独世帯です。日本では超高齢社会も急激に同時進行しており、今後20年で日本の人口の2.8人に1人が65歳以上単独世帯の約40%が65歳以上になるとの予測もあります。1人暮らし且つ65歳以上という高齢者の世帯が、これほどの割合まで迫るとなれば、生活面・コミュニケーション面でこれまでの当たり前が当たり前でなくなることは想像に難くないでしょう。

単独世帯の高齢者のうち、他者との会話が「ほとんどない」と回答した人の割合は7.0%であり、これは諸外国の単独世帯(アメリカ:1.6%、ドイツ:3.7%、スウェーデン:1.7%)と比較すると高い数値です。新型コロナ感染拡大による英国のロックダウンの前後を比較したスマートスピーカーの調査では、回答者の半数以上はマインドフルネスや瞑想のサポート、心身の健康の維持にスマートスピーカーが役立ったと回答しています。日常的な会話は脳の活性化やストレス解消になる、と言われており、孤立する時間が長い生活の中で、声を使いスマートスピーカーに話しかける行為は「対話」を生み、対話から音楽や情報エンターテインメントが提供されることは、会話を超えた効果があるのかもしれません。

新型コロナの感染リスクで実際に会うことが難しい状況の中でも、離れて暮らす家族が朝起きてスマートスピーカーに「おはよう」「今日の天気」「今日のニュース」などと話しかけることで、安否確認やスマート家電との連携により遠隔からの見守りも可能です。AIアシスタントに「話す」ことは、リモコンやスマホ操作で何度もタップするより簡単であり、高齢者をターゲットにしたサービス展開でもっと活用されるべきテクノロジーでしょう。コロナ禍で加速した医療施設、介護の現場等での非接触コミュニケーションにもボイステクノロジーの活路は大いに存在しています。

日本市場ではガラパゴス化が起こりやすく、先進国の成功事例は必ずしも日本の状況に当てはまらないケースも多々あります。闇雲に他国を追随するよりも、自国のニーズに特化したサービス発展を遂げることで、ボイステクノロジーが活路を見出し飛躍する可能性、そして別ルートで先進国に追いつく可能性は、まだ十分にあり未開の地とも言えるでしょう。日本の近い将来を現実的に見据え、固有の環境に合わせた独自のサービスや商品の在り方を考えるそのそばに、ボイスが成功のカギとして存在しているのではないでしょうか。

アイプロスペクトでは、音声(デジタル)アシスタントを通じて可能になるすべてのサービス、ボイスApp、チャットボット広告、会話形広告、ボイスコマースをカバーする呼称として「ボイス」を使っています。

アイプロスペクト・ジャパンは1996年にアメリカ・ボストンで誕生した世界初のサーチエンジンマーケティングエージェンシー。

日本法人は2003年に設立され、デジタルパフォーマンス領域を専門に、国内外で各種企業にオンラインマーケティングの投資収益率最大化をサポート。特にデジタル広告およびオウンドメディアの運用戦略立案を得意とし、クライアントニーズと市場の消費者動向を把握し、ビジネスゴール達成に向けたソリューションを提供している。