自社メディアの信頼性を保つために欠かせない記事のリライト。最新の情報に記事内容を更新し、メディアとしての質を担保することで検索順位の向上が期待できる施策だが、記事数が増えるほど更新に労力がかかるというデメリットがある。外部ライターの増員といった体制強化で対処する企業もあるなか、jinjer株式会社では、記事のリライトにChatGPTを活用することで大幅な工数削減と検索順位の向上に成功したという。同社マーケティング部・オーガニックグループリーダーの古屋匠憲氏に、リライトにおけるChatGPTの具体的な活用法やその効果などについて取材した。
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ChatGPTの導入で作業工数減&時短化を実現
—— 貴社の事業概要について教えてください。
jinjer株式会社マーケティング部 オーガニックグループリーダー・古屋匠憲氏(以下、古屋):当社では、クラウド型人事労務システム「ジンジャー」を提供しています。従業員の人事労務管理や勤怠管理をはじめ、給与計算や経費精算、年末調整などさまざまな人事労務業務を包括的にクラウド上で管理できるサービスです。
また、「jinjer Blog」というバックオフィスに関する情報を提供するオウンドメディアも運営しており、このjinjer Blogの記事をリライトする際にChatGPTを活用しています。
—— リライト作業にChatGPTを活用するに至った経緯を教えてください。
古屋:jinjer Blogは当社マーケティング部内にある、オーガニックグループのメンバーで運営しています。このグループはオーガニック流入の最大化に特化しており、主にjinjer Blogやサービスサイトなど、オーガニック流入の大きなチャネルとなるオウンドメディアを運営するチームです。新規記事においては一部外注にて記事を作成していましたが、リライトに関しては社内でSEOに関する知見があったことから自社内で対応していました。
しかしjinjer Blogには1,800本以上の記事があり、限られた人員ではすべての記事をチェックすることは非常に困難でした。ChatGPTのリリースを機に社内でも生成AIの利用が許可されたことで、活用を始めたというのがプロジェクト発足の経緯です。
—— 人的リソースの面からリライト作業にChatGPTを使い始めたとのことですが、実際にどのような効果があったのでしょうか?
古屋:記事内容の情報更新を目的としたリライトの場合、これまで3,000~1万字くらいの記事を直すのに約1時間を要していたのですが、ChatGPT導入後は15〜30分程度へと大幅に削減されました。ただし、記事構成も大きく変わるようなリライトの場合はさらに時間がかかる場合もあります。
また社内でリライトをする際も、対策したいキーワードに対するリサーチ・記事骨子の作成・ライティングと手順を踏んでいると、簡易的なリライトであっても1時間ほどかかっていましたが、導入後は運用工数を1/4まで削減できました。
さらに、全体の約8割の記事でリライト前よりセッション数が増えています。内容を都度更新することで正確な情報をアップデートできることはもちろんですが、記事の検索順位を上げるという点でも効果がありましたね。
ChatGPTに「役割を与える」ことで最善な提案を引き出す
—— 作業時間の短縮と、検索順位の向上という2つの利点があるのですね。具体的に、どういった方法でリライトを行っているのでしょうか?
古屋:まずリライトが必要な記事をオーガニックチームで洗い出し、その記事に追加したい要素や修正すべきポイントについて、ChatGPTにプロンプト(質問・指示のテキスト)を入力します。そしてChatGPTからアウトプットされた文章を精査して、実際の記事に反映するという形をとっています。
プロンプトで指示した内容としては、まずSEOコンサルタントの役割を与えたうえで、jinjer Blogが主に人事・経理などの「バックオフィス向けWebメディア」であることを前提としたアドバイスをするよう求めていますね。
またプロンプトの時点で、記事タイトルやメタディスクリプション、記事構成に関するアドバイスをChatGPTに要求し、適宜記事本文の修正やH2・H3見出しの追加などを行っています。
たとえば割増賃金の基礎を解説する記事においては、ChatGPTに割増賃金に関する具体的な計算例を提案してもらいました。そこで計算例についてのH2見出しを追加し、「追加した見出しに対して中身の肉付けする文章も作ってください」と依頼しています。SEO的にもこうしたコンテンツはGoogleから評価されやすく、社内で知見のあるライターで中身があっているか最終確認を行った上で公開しました。
誤情報を防ぐには「目視」も重要
—— ハルシネーション(正しくない回答が出力される)の発生など、期待された情報がアウトプットされない場合はどうされていますか?
古屋:ハルシネーションについては、ChatGPTで出力された文章を目視でしっかりと確認しています。また、生成された文章がWeb上の既存コンテンツに似ているという場合もあるので、外部ツールを使用してコピペされた内容になっていないかも別途確認していますね。
間違った情報やちょっとした誤字脱字がメディアとしての信頼性に直結するので、アウトプットされた成果物の正確性が最も重要だと思っています。メディアとして読者にマイナスな印象を与えないよう、細心の注意を払うべきですね。
また、プロンプト作成のポイントとして、ChatGPTに細かく役割(ロール)を与えることが大切です。当社でもプロンプトの冒頭文で「あなたはWebメディアの編集者です」といった形で役割を認識させたうえで、「他メディアの記事事例を引用したり、競合他社の社名を出したりすることなく、文章を作成してください」といった形で、細かく条件を絞って出力させるといった運用を行っています。
—— 現行のChatGPTでは、プラグインを入れなければ最新の情報に対応できないように思います。貴社でもプラグインを入れて対応されているのでしょうか。
古屋:指定したURLをChatGPTに読み込ませる「WebPilot」と、PDFファイルのURLを読み込んで内容を参照してくれる「ChatWithPDF」の2種類を採用していますね。プラグインを導入することで最新情報に基づいたアウトプットを実現できるほか、省庁のサイトなどを参考サイトとして指定できるので、情報の正確性も担保できます。
有料版GPT-4では、Webブラウジング機能が追加されており、Bingと連携して今の検索情報をもとにアウトプットを出してくれます。有料版を使っている場合は、上記を活用することで情報の最新性を保てると思いますね。
無料版のGPT3.5でも、2023年4月までの最新情報に基づいてアップデートされたので、こうした「情報の新しさ」は無料版においても改善が見られています。
「自らガイドラインを策定する」ことがAI活用への一歩
—— 各企業や自治体などにおいては独自のガイドラインを設定し、それに沿った形で運用されている所が多いように感じます。貴社においてもこうしたガイドラインはあるのでしょうか。
古屋:当社の管理部が策定したガイドラインがあります。個人情報や機密情報の取り扱いなどが明記されており、特定のAIツールを利用する場合もガイドライン上で利用する際の注意事項などが定義されています。業務においてChatGPTを利用する際はこのガイドラインに基づき、目的や用途を記載した申請書を提出し、承認された場合に利用できるという形です。
プロンプトとして「他メディアの記事事例や競合他社の社名を出さない」という条件を設定することも、このガイドラインに沿った行動です。他にもソースコードを入力しないことや、「記事の正確性を確認済み」というエビデンスを残すことなどもガイドラインとして策定されています。
—— 情報漏洩などのリスクを避けるためにも、方針となるガイドラインに基づいた運用がポイントなのですね。AIの利活用が進まない企業も多いように思いますが、こうした企業においては何がボトルネックになっているのでしょうか。
古屋:もともと当社は生成AIの利用に積極的で、ChatGPTが話題になった際は当社の管理部が「すぐにガイドラインを整備しよう」と動いていました。生成AIの活用を進めるには、こうした上層部の前のめりな姿勢は不可欠だと感じますね。
そのうえで、「とりあえず生成AIを使わないこと」という姿勢をとっている企業においては、AIの有効性をボトムアップで発信することが大事だと考えています。当社においても、管理部がガイドライン策定に動く前に、マーケティング部内で先んじて「部内ガイドライン」を作っていました。
「最新のツールを理解して使ってみよう」という考えを、経営層が少しでも持たなければ活用への道は険しいです。経営層に生成AIへの理解がない場合は、ChatGPTを使いたいメンバーが自ら動いて上層部へ直訴することも場合によっては必要だと思います。
—— 今後、貴社ではChatGPTをどのように活用していかれるのでしょうか。
古屋:今後は広告やCRM(顧客管理ツール)などのメール配信にも活用していきたいです。広告ならタイトルやキャッチコピーの作成に使えますし、メール配信においても「〇〇に関する資料をクライアントに送るので、それに合う訴求文を考えてください」といった形で活用できそうです。
また弊社にはjinjer Blog以外にも「人事業務に役立つ情報メディアHRNOTE」と「クラウドサービス比較サイトDXログ」の2つのメディアを運営しています。それらのメディアでも、ChatGPTを活用して工数削減に取り組みたいと考えております。
—— 貴社の今後の展望についてお聞かせください。
古屋:基本的には事業をよりスケールさせていくために、マーケティング部でリードを創出することを重要視しているのですが、その際に「小さなリソースで大きな成果を出す」という投資対効率に重点を置いています。
ChatGPTを活用することで少ないリソースの中でも、会社の企業利益を担保し、顧客となり得る層へのアプローチを最大化できるよう、今後も活用範囲を広げていきたいです。マーケティング部だけにとどまらず、社内全体でChatGPTを活用した効率的な運用方法についても、今後模索していきたいですね。
クラウド型人事労務システム「ジンジャー」とは
「ジンジャー」は、人事労務・勤怠管理・給与計算・ワークフロー・経費精算など、人事労務の効率化を支援するクラウドシステムです。いつもの人事業務を「一元化されたCore HRデータベース」で効率化・自動化し、各システムにおける情報登録や変更の手間を削減します。
「ジンジャー」サービスサイト
【編集後記】
GMOの調査(※1)によると、業務において「生成AIを使ったことがある」という人は10.7%に留まっているという。一方アメリカでは29.7%と3倍近い差がついており、日本の遅れが目立っている。
とはいえ活用自体は官民を問わず広がりを見せつつあり、学校教育にもChatGPTを使用した授業が展開されている(※2)。デジタルネイティブなZ世代との親和性も高く、AIの利活用が「当たり前」になる時代もそう遠くはなさそうだ。
事業においてはChatGPTに独自データを学習させてチャットボットなどに応用する企業もあるものの、データアナリシス的な分析業務においては「技術的には可能だが、個人情報などを架空のものにしたダミーのデータをラーニングさせなければ、情報漏洩の可能性がある」(古屋氏)ため、依然としてリスクが存在しているのが現状だ。
ChatGPTの公開からわずか1年で急速に広まったため、どの企業も手探りで活用法を試している。「教科書」のない世界ではあるものの、jinjerのように新しい技術に対してオープンマインドな企業が、新たなAIの可能性を見せてくれるのではないだろうか。
※1:【自主調査】生成AIは案ずるより産むが易し?生成AIのビジネス活用への意識、利用状況を日米で比較
取材・構成:MARKETIMES編集部・中島佑馬
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