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ロイヤル顧客が「ブランドを強くする」 しゃぶ葉&Asobicaに聞く、クローズドコミュニティーを活用したファンマーケティング手法

 プロダクトやサービスのファンを増やし、中長期的な利益向上につなげるファンマーケティング。SNSやYouTubeなどを通じてファン層の拡大に取り組む企業も増えつつあるなか、すかいらーくグループの展開する「しゃぶ葉」では、ファンコミュニティ「おやさい学校 しゃぶしゃ部」を立ち上げ、商品開発やサービス改善などに役立てているという。

 

 しゃぶ葉メニュー開発・プロモーションチームリーダーの岡田智子氏、ロイヤル顧客プラットフォーム「coorum」を提供する株式会社Asobica・小父内信也氏に、「しゃぶしゃ部」の設立経緯やファンマーケティングのメリット、成功ポイントなどを取材した。

クローズドなコミュニティだからこそ拾える「声」

—— まず、両社の事業内容についてお教えください。

株式会社すかいらーくホールディングス・岡田智子氏(以下、岡田):しゃぶ葉は全国279店舗(2024年1月末)で展開している「しゃぶしゃぶ食べ放題レストラン」です。お肉の種類ごとに異なる5つのコースを展開しており、さらにしゃぶしゃぶのだしを6種類から選べるというサービスを提供しております。

株式会社すかいらーくホールディングス・マーケティング本部しゃぶ葉開発チーム リーダー 岡田智子(おかだ ともこ)氏
2000年、株式会社ジョナサンへ入社。店舗での営業経験を積んだ後、新業態開発(ベーカーリーレストラン事業)に携わる。その後2012年より株式会社すかいらーくへ移籍し、ジョナサンのメニュー企画、開発チームリーダーとして従事。2020年よりプロモーションチームに異動し、バーミヤン、ステーキガスト、しゃぶ葉等のブランドプロモーションチームのリーダー、2023年よりしゃぶ葉開発チームリーダーとして、プロモーションとメニュー開発を統合するブランドマネージャーとして従事。

Asobica取締役CCO・小父内信也(以下、小父内):Asobicaは、ロイヤル顧客プラットフォーム「coorum」を開発・提供している企業です。当社は「顧客中心の経営をスタンダードにする」というビジョンを掲げており、リピーターの増加やLTVの最大化施策を、coorumを活用したファンコミュニティやファンマーケティングを通じて実現しています。

Asobica 取締役 CCO 小父内信也(おぶない しんや)氏
2005年、大手電子機器メーカーへ入社。その後、中小企業診断士を取得。2010年、創業初期の名刺管理システムを提供するSansan株式会社に入社。 全社MVPの受賞、最年少での幹部への昇格を経験。 約7年のデータ化部門責任者を経て、名刺アプリEightのコミュニティマネージャーへ。2019年に株式会社Asobicaに取締役CCOとして参画。 これまで約200社のファンコミュニティの立ち上げ、および支援に携わる。

—— coorumを使ったファンコミュニティ「おやさい学校 しゃぶしゃ部」は、どのような形で運営されているのでしょうか。

岡田:基本的にはお客様に加入申請をしていただきこちら側で承認するという、クローズドコミュニティの形をとっています。私がコミュニティ全体のコンセプト設計や各種施策の考案、施策に必要なツールの作成を行ない、考案した企画の実装はAsobica側の担当者に協力いただくという体制です。

 具体的には、一般公開に先んじてフェアやキャンペーンの情報を投稿したり、開発の裏側をお見せしたりしています。限定的な情報を他のお客様より早くキャッチいただき、家族や友人に言いたくなるような気持ちを醸成していくことが設立目的の1つです。

—— しゃぶしゃ部入部の際には、事前審査として「入部届」が必要と伺いました。この入部届では、何を基準にして部員を選出されているのでしょうか。

岡田:しゃぶ葉の利用頻度やサービスについての知識はもちろんですが、「あれがあったらいい」「こんなことができたらいい」という希望が具体的に書かれているかどうかを見ていました。ファン自身の顧客体験を積極的に語ってもらい、商品開発やサービスの改善につなげられるようなアクション(発話)を取ってもらえる可能性の高い「能動的」な方を選ばせていただきました。

コロナ禍で迫られた「顧客理解」

—— 入部届を受理された方だけが入部できるという、クローズドなコミュニティを立ち上げられた経緯と目的をお教えください。

岡田:コミュニティを立ち上げるにあたって、ファンの発話を基に「実際の施策を生み出すこと」「インサイトを発見すること」の2つを目的としていました。

 しゃぶ葉に対する熱量や行為が高い方に集まっていただくことで多くの発話が生まれると思ったので、その熱量を担保するために選抜されたメンバーから構成されたコミュニティにしようと考えました。

 また、「部員」と一緒に商品開発をすることも最初から決めていたので、ある程度社外秘の情報を先出しする必要があると想定していたことも理由の1つですね。

—— ロイヤル顧客と一緒にだしを共同開発することは、コミュニティを立ち上げる当初から決められていたのですね。だしの味はどのように決まったのですか?

岡田:2023年6月にcoorumを活用しコミュニティを開始し、7月には新だしアイデアの募集を開始しました。その後は人気投票などによる絞り込みを行い、最後に残った上位5個を「ファンの声」として社内全体で共有し、提案いただいた方にフィードバックと表彰を行いました。

 以前から11月より「霧島黒豚食べ放題コース」を展開することが決定していたのですが、そこに同じ九州の「博多豚骨だし」のラインナップを加えることで、非常に親和性が高く訴求力のあるものを作ることができました。また、豚骨だしという味そのものもこれまでのラインナップにはないテイストだったので、新規軸の味わいとして提供できるという点も大きなポイントでしたね。

—— UGCが生んだ商品が、実際の売り上げにも貢献しているのですね。そもそも、なぜファンマーケティングを実践しようと思われたのですか?

岡田:一番の理由は、コロナ禍を通じて「ファンの解像度を上げる必要がある」と痛感したことです。消費者の方々の生活様式が様変わりしたことで、過去のデータ分析からは実像が見えないという状況に直面しました。

 一時は月の売り上げがコロナ前の70%を割り込むなど、苦境に立たされたこともありました。コロナが明けて再起を図る中で、「しゃぶ葉ユーザーをより深く理解しなければ、ファンのニーズに応えられない」という危機感が一番強いきっかけでした。

 今後の潮流を見定める中においても、「自分で組み立てる楽しさ」を提供するというしゃぶ葉の本質的価値から離れてはいけないと思ったので、もう一度ファミリーのお客様層に戻ってきてもらうための施策を重視したという流れがありましたね。

ファンマーケティングは「ブランドを強くする」施策

—— ファンコミュニティの運営は、1つの原点回帰だったんですね。他にはどのような活動をされていますか?

岡田:月1程度のペースで、Zoom座談会を行なっています。テーマごとに自分が感じたことを語る会なのですが、たとえばデザートのバリエーションについての話題で「ホイップがあったらもっとアレンジを楽しめる」という要望があったので、ハロウィン期間の約2週間ほど試験的に入れてみました。その結果、新規のお客様からもかなり反応があり、SNSでのアレンジメニュー投稿などを通じて集客にもつながりましたね。

—— こうしたUGCによる集客や露出量の増加が、ファンマーケティングを行うメリットになるのでしょうか。

小父内:他にもATV(Average Transaction Value、客単価)やLTVの向上など、さまざまなメリットがあります。熱意のあるファンからはVOCを集めやすいため、プロダクトの改善や商品開発に活かす事ができることはもちろんですが、テキストや写真などのUGCを通じて語られる「顧客体験」は企業資産として蓄積されます。

 顧客体験を具現化したUGCはすべての事業活動に貢献する資産なので、ファンマーケティングの推進はブランドを強くすることに直結すると言えますね。

BtoBでも「炸裂」するファンマーケティング

—— BtoB領域では口コミなども含めたUGCが作りにくいと思うのですが、ファンマーケティングはBtoB企業でも効果があるのでしょうか。

小父内:BtoB企業のプロダクトはなかなか表に出しにくい部分があるのですが、そのぶん非常に大きな効果が生まれやすいです。もともとBtoBは秘匿性が高い情報を扱うことが多いため、クローズドなコミュニティが多いんです。そのため参加するメンバーの結びつきが強くなり、盛り上がりやすいという面があります。

 またBtoBプロダクトでは「導入したけど、最初に何をやったらいいのかわからない」ということも多いので、そうした新規顧客に対してもコミュニティ全体で寄り添いながら伴走できるのも強みです。

—— 新規顧客をリピーターに、リピーターをロイヤルカスタマーに育てることでこうしたコミュニティを形成できると思うのですが、この「育成」には何がポイントになるのでしょうか。

小父内:一言でいうと「信頼関係」ですね。ある種の両想いの関係を作ることが肝要で、そのためには透明性や公平性はもちろん、「仕掛け」が重要になります。しゃぶ葉様の場合は、入部届を義務付けることで参加ハードルを少し高めに設定したり、ハードルを越えたファンには開発の裏側を見せるといった「秘密の共有」をしたりと、ロイヤリティを高める仕掛けが随所に置かれています。

企業とファンの「愛」を実現する共創関係

—— そうした仕掛けを通じて自社ファンへの「愛」を伝えていくためには、何を意識するべきなのでしょうか。

小父内:ユーザー自身と同じ目線から自分1人に向けられた発信は訴求力が高いので、UGCの活用も含めて「企業が直接自分に向けて発信している」と感じてもらえる仕組みを作ることが重要です。

 こうした仕組みづくりにおいて、企業公認のコミュニティは最適な手段です。コミュニティの参加者はそのなかで自由に発信し、他の人の投稿を見聞きすることができるので、企業にとっても長期的にファンと向き合うための信頼の場となります。なので、ファンマーケティングを成功させるには「ファンのことも自社のことも好き」という愛と熱意を持った担当者を置くことも必要です。

 そういう意味では、ファンと一緒に良いものを作っていくという、長期的な「共創」関係が不可欠ですね。この関係をコミュニティの軸に据えることで、熱量の高いメンバーやロイヤリティを高める施策づくりが可能になります。

—— SNSマーケティングにおいても「担当者がその作品を愛していること」という成功ポイントがありますが、共通するところがあるように思います。

小父内:ロイヤル顧客は現場の社員よりも詳しかったりするので、ビジネスライクな姿勢はファンに見透かされてしまうんですよ。「片手間でやってる感」が出てしまうとコミュニティは発展しないので、同じ熱を感じられるかどうかは大事ですね。

 また、何もないところから一緒に創り上げることも肝要です。自分が参加できる余白がなければファンは受け身になってしまうので、ある程度の主導権や基盤となる方針は企業側が持ちつつ、肉付けの部分を共創していくという意識が必要だと思います。

岡田:私はコミュニティメンバーに頼りますね。コミュニティのマネージャーとしては、顧客に頼れる人に適性があるのかもしれないです。

—— 今後、ファンコミュニティをどのように展開されていきますか?

岡田:しゃぶ葉では、既存のコミュニティの層を厚くしたいと思っています。ライトユーザーの方にロイヤルユーザーになっていただくことで、新たな化学反応を生み出し、顧客像の理解やコミュニティの盛り上げにつなげてブランド力を強化していきたいですね。その中で、だしの共同開発などの取り組みも続けていきます。

小父内:Asobicaとしては、3年後に「coorum経済圏」を作りたいと思っています。あらゆる業種・業態でcoorumを使ったファンマーケティングを活用できるので、企業横断的なサービスや異なる企業のファン同士が融合したUGCを実現させたいですね。将来的には我々がハブになって企業同士の出会いを提供したり、ファン同士が混ざり合って共同開発したりといったシナジーを生み出すことも視野に入れています。

 最終的な目標は、創業理念の1つである「世界一心の豊かさを満たす企業」になることです。ワクワクや熱狂があふれかえる世界を作って、みんなの心が満たされる世界を思い描いています。そのためにも、まずは「顧客中心の経営」がスタンダードになる世界を実現することを目指し、これまで以上にファンマーケティングに注力することで、クライアントと一緒に歩んでいきます。

編集後記

Asobicaとしゃぶ葉の二人三脚で展開されている「しゃぶしゃ部」。今回の「だし」の開発に当たっては、当初82個のアイデアがしゃぶしゃ部員より提出されたという。岡田氏は「アイデア量としては非常に多い」と手ごたえを口にしており、熱量あるファンが集まるコミュニティならではの結果がもたらされた。

 

Asobica側の支援体制について、小父内氏は「当社のテーマとして、『岡田さんを救え』という合言葉があった」と振り返る。「顧客中心の経営をスタンダードにするためには、何よりも自分たち自身が顧客中心の姿勢で支援するべき」(小父内氏)という意識で臨んでいたことも、ファンコミュニティを成功させる大きな要因となった。

 

ファンの目線から生まれた製品やサービスを提供し、満足度やロイヤリティの向上につなげることはもちろん、顧客解像度の向上やUGCによる宣伝・集客など多くの効果が見込めるファンマーケティング。営業や企画など経営全体にメリットが波及するだけに、多くの企業でマーケティングの新規軸となる可能性がありそうだ。

取材・構成:MARKETIMES編集部・中島佑馬