今後さらに多様化していくことが予想される顧客の購買行動に対し、グローバル視点や正しい経営の視点を持つことが、小売ビジネスのオムニチャネルの実践には不可欠となっている。2022年7月のFORGE Japan 2022に登壇した、サンドラッグ株式会社EC事業部 事業長の田丸知加氏は、自身の外資系企業での小売とECの経験に基づいたグローバル及び経営視点から、お客様を点ではなく面で捉える本当の意味でのオムニチャネルの考え方・あり方について解説した。
田丸氏は、2003年にアマゾンジャパン株式会社(以下アマゾン)に入社して16年、アマゾンに在籍していたリテール部門唯一のポジションである日本事業部の責任者として従事。「2003年のアマゾンはマーケティングの「マ」の字もなければ取引先情報をエクセルでまとめてメールで送信するような、現在の姿からは想像がつかない一般的な会社でした。」と田丸氏は話す。
IT の最先端を行く、というよりは一般的な会社に近かったアマゾンだが、今思えばセルフサービスの始まりが DX推進の先駆けだったのだろう。すべてのシステムをセルフサービス化し、 エクセルを廃止したところからすべては始まった。取引先や内部もIT のプロフェッショナルではなかったので、チェンジマネジメントを行い、組織の成功を導くために体系的なアプローチを行った。
その後、セブンアンドアイホールディングスでデジタル戦略の企画部長としてセブン-イレブンやイトーヨーカドーなどの様々なグループ会社の DX推進と新規事業立案などを担当。その後ウォルマートの子会社であった西友に参画し、OMO施策や楽天西友ネットスーパーの新規事業に幅広く従事した。
長年の経験から、田丸氏は海外と日本を比較した際に、物事の捉え方にギャップがあることを感じたという。「小売業界がメインで、20年以上と言う経歴の中、約16年いたアマゾンでの経験が人生を大きく変えたと思いますし、自分自身の思考も変化してきました。得意なところとしては物事を横断的に進めていけるチェンジマネジメント。培った知見を使いながら、会社の方向性を正しくしていくお手伝いができればと考えています。」と田丸氏は話す。
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「本当のオムニチャネル」とは?
そもそもオムニチャネルとは、(Omnichannel)とは、「マルチチャネル」販売の進化形であり、複数の販売チャネルを活用していきながら、実際の店舗とインターネット通販の境界線を無くしていこうとする試みだ。購入以外の顧客の行動も、包括的かつ双方向で捉えようとするところがポイントとなる。あらゆる全ての販路を統合し、バックエンドも統合することでシームレスな顧客の体験を実現することがマルチチャネルとは異なる。
「いろいろなところで言われていると思うんですが、マルチチャネルとオムニチャネルと書いていますが、オムニチャネルというのはお客様が 真ん中にいらっしゃって、様々なチャネルが お客様をぐるっと囲んでいます。チャネルとお客様が相互に関わっている状態ですね。マルチチャネルは複数のチャネルがあるんですけれども、一方通行というような感じになっています。」と、田丸氏は説明する。
前述したが、そもそもオムニチャネルとは 全ての販路を統合することであり、バックエンドを統合して シームレスな顧客対応を実現することがマルチチャネルとは異なる。チャネルをまたいで顧客の購買行動とバックエンドを統合することが重要だ。
続けて田丸氏はECでの事例を説明した。
「例えばなんですが 、最近ではEC で商品を買ってお店で受け取るというシステムを様々な小売でやっています。この施策はマルチチャネルでしょうか、オムニチャネルでしょうか?ということを考えた時に皆さんどちらを選ばれますか? マルチチャネルといえばマルチチャネルなのですが、オムニチャネルといえばオムニチャネルなんです。マルチチャネルなのかオムニチャネルなのかは、見えない部分、つまり『バックエンドが統合されているかいないか』というところじゃないかと考えています。」
「統合されている」というのはどういうことなのだろうか、ドラッグストアの例で説明する。
例えばお客様が EC で化粧品を購入し、 お店で受け取れるようにした。お客様がID で繋がっていれば、その時にお店の商品も一緒に買ったかどうかが購買情報というデータとして残る。そこでお客様が店舗に在中している薬剤師に商品について問い合わせを行った。「この薬とこの薬を併用して飲んでも大丈夫でしょうか?」など、様々な質問をしたその情報がECの購買情報や、 PC で管理をしているプラットフォーム上に反映されているのか?と言うところが、統合されているということにつながる。そこまではなかなか難しいが、そういう部分でひとつの統合が社内でどこまでできるかが、大きな鍵となる。
オムニチャネルとOMO
よく混同されてしまうのがOMO。これは「ONLINE MERGE WITH OFFLINE」の略称である。
「よく皆さんお聞きになられるかなと思うんですが、アメリカではこの言葉を使っていません。OMO の英語バージョンというのはおそらくないでしょう。結論から言うと、あまりグローバルでは聞かない言葉だと思います。聞かないけれども、このOMOというのは当たり前の世界になっています。ここが日本と他の国の大きな違いかなと思っています。」と田丸氏は見解を述べた。
「具体的に申し上げますと、O2Oつまり『Online to offline』ここは非常によく聞く言葉かなと思っています。オンラインからオフラインへお客様を招待する、というように一般的には使われている言葉なのですが、オンラインにオフラインを融合するというのはオフラインに重なっているというわけではないですが、オンラインの中にオフラインがまるっと囲われている感じとなります。これは一体どういうことなのでしょうか。
立場上いろいろな会社様からご提案いただく機会がございまして、OMOでこのようなことができますよと様々なご提案をいただきます。例えばLINE で店舗のクーポンを配布し、お店に集客しますと。そういうツールがあったとすると、これが OMO施策ですとおっしゃる方もいらっしゃいます。ですがこれは単純にLINE というオンラインの世界からオフラインの店舗に送客しているだけですのでどちらかと言うとO2Oの世界かなと思っています。」
オンラインの考え方や仕組みでオフラインのサービスを設計することがポイントだ。
アマゾンでの例に例えると、『おすすめの商品』や、『これを買った人はこれも買っています』というような、コメントが画面上に出てくるが、そういったことがオフラインでも実現できる。 アマゾンやウォルマート、中国だとアリババなど、OMOなんていうことは言われていない。OMOは当たり前の世界になっており、わざわざ「このような事をやっています」と発表されることはない。グローバルの人々に対し、コミュニケーションの中で感じることはやはり考え方と日本の方々の考え方が田丸氏の立場から見ると元からギャップがある印象であるが、同時に最も課題として感じているポイントだという。
「もうご存知かもしれないんですが、アマゾンは アマゾンスタイルというファッションのリアル店舗をアメリカで試験的に行っています。ホールフーズマーケットの話は非常にわかりやすいと思いますのでご説明しますね。元々アマゾンは小売ですので商品情報整理に非常に力を入れており、特有の ID 管理なんかを行っています。
ホールフーズマーケットは商品情報の管理方法などをアマゾンの仕組みにすべて変えて、需要予測の発注業務をリアルのやり方だと現場に入るバイヤーさんが勘でやっていたようなことを機械で同じような形で頼めるようにしました。また、最近発表されたウォルマートのDXですが、データコマーシャルライゼーションに力を入れているということ。
最近アメリカでよく聞くようになったのですが、データそのものを商売とする、例えばデータの一元管理などですね。オンラインだけじゃなくってオフラインのお客様の購買行動、『商品を発見するまで』と『発見してから買うまで』のプロセス、そして『買った後どうなるのか?』。そのメーカーの商品をどこに置いたら最も有効なのか。オフラインオンライン関係なく見ることができます。
まさしくOMOの世界ですね。なので、このようなことが世界ではすでに行われている状況になります。」
グローバルにあって日本企業に不足しているもの
田丸氏はグローバル視点で考えた際に、日本企業が最も優先すべき点を述べた。
まず、啓蒙活動としてはオンラインをメインに据えること、オムニチャネルとOMOの理解に努めること。オフラインのデジタル化だけで終わらないこと。世界での事例や成功事例をどんどん共有して社員の共通認識を増やすこと、そしてECの啓蒙活動を行っていくことを挙げた。さらに、組織の仕組みについてはオンラインの孤立化を防ぎ、チャネルをまたいだデータの融合を図り、顧客の分析基盤を作ること。統一された顧客コミュニケーションを行える体制を整えていくことを推奨した。
まずはECの見直しから行うことが大事なのだろう。商品情報や需要予測、受発注などオフラインにも転用が可能なのか?マーケティングツールやロジスティクスなど、ポイントはたくさんある。コンテンツやデジタルアセットも共有していくことが大切だ。
最後に田丸氏は以下のように述べた。
「経営執行役員として思うところはマーケターの方々がこれを使いこなせるかというところは私たちにかかってきていると思っています。経営陣が率先して概念を理解しないと現場の人間が一生懸命動いたところでうまくいきません。
また、お客様1人1人に合わせたアプローチ。これはアマゾンでも思ったんですが CX の組織というのは日本の企業ではあるところが少なく、アマゾンでいうと何か新しいものを世に出す時にCXの組織があり、横ぐし全ての場をクリアしていかないと世に出せないと言う仕組みになっていますので、そういう CX を見られる人間が必要になってきます。
まずは世界の事例などを参考にしていくことが重要となってくるでしょう。」