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「U23マーケティング部」から見る地域創生 モンテディオ山形が得た成果と、チーム内外に波及する「無形の力」とは

 J2リーグに加盟するプロサッカーチーム・モンテディオ山形は、2023年1月に23歳以下の高校生・大学生約40人からなるマーケティング組織「U23マーケティング部」を組織した。地域課題を解消しながら集客にもつなげるという取り組みで、約10か月にわたって集客施策の企画・実施などを行なうプロジェクトだ。株式会社モンテディオ山形・マーケティング担当の山﨑蓮氏に、U23マーケティング部の取り組みや設立経緯、取り組みの集大成と位置付けた「U23マーケティング部プロデュースデー」の成果について取材した。

若者の「居場所」を作り地元との接点を生み出す

—— U23マーケティング部の設立経緯と、設立目的である地域課題の解消についてお聞かせください。

株式会社モンテディオ山形 マーケティング担当・山﨑蓮氏(以下、山﨑):このプロジェクトは、2022年夏に県内の高校生を対象として行なった「高校生マーケティング探求」という、米沢市や米沢で活動する企業とタッグを組んだ2か月間のプログラムが前身となっています。

モンテディオ山形・山﨑氏

株式会社モンテディオ山形 マーケティング担当・山﨑 蓮(やまざき・れん)氏
大学卒業後、VOYAGEGROUPに入社し、アドネットワーク事業部に配属。社内売上記録を更新し、全社総会にてベストセールス賞を受賞。その後、コンサルティング局局長として、自社プロダクトを業界最大規模へと牽引。 退社後、2020年8月に株式会社HAMONZを設立。代表取締役に就任。 自社メディアの運営やプロスポーツチームの支援を行う。
©MONTEDIO YAMAGATA

 モンテディオを使ってどのようなことができるかという企画立案を、企業・自治体さんと一緒に組んで行なったのですが、応募いただいた約40人の参加者からポジティブな反応が得られたので、そこが起点となりましたね。

 活動目的としては、山形県も含めどの地方都市でも課題となっている人材の県外流出を抑えるというものです。数字的な目標こそ集客に置きましたが、若者に山形の良さを伝えつつ「県内でも活躍できる場所がある」とアピールすることで、地元企業や自治体との接点を作るという取り組みです。

—— 活動としては、具体的にどのようなことを行なったのでしょうか。

山﨑:座学でマーケティングや事業づくりの知識を学ぶインプットと、インプットしたことを企画に落とし込んで実践するアウトプットを行ないました。基本的には週1回の活動で、訴求するターゲットや担う役割ごとにチーム分けをしたのですが、活動外でもチーム単位での自主的なミーティングなどもあり、Slackを見る限りでは毎日なんらかの動きはありましたね。

 インプットの部分では国内の事業家に講義を依頼して、SNSや市場リサーチの方法を教えてもらったり、スポーツビジネスを手がけているマーケターにチケッティングやデザインなどを教えてもらいました。ニコニコ超会議のプロデューサーに、大衆を集めるイベント設計やプロモーションの仕方を話してもらったこともありましたね。

 アウトプットとしては試合の日にイベントを企画したり、集客につながるチケットの企画やプロモーションをしたりといった活動を年に4回行ないました。そして10月8日の栃木SC戦を「U23マーケティング部プロデュースデー」に設定し、全ての集客施策を彼らが行なうという最終ゴールを設定しました。

 このプロデュースデーは活動の集大成となるので、まず8月に合宿を行ない、社長をはじめ各部門の部長やメンターに向けてプレゼンすることから始めています。Jリーグ本体からもマーケティングサポートの方に来てもらったり、我々が普段マーケティングを依頼している制作会社の方にも協力いただきましたね。我々はそれを受けてプレゼンされた企画を評価し、改善点を伝えて施策として作っていきました。

—— プロデュースデーでは、どのような体制で施策を展開されたのでしょうか。成果についてもお聞かせください。

山﨑:プロデュースデーでは、以下の4班に分かれてもらいました。

  1. 家族層
  2. 壮年層
  3. ミドルエイジ層
  4. 広報・プロモーション

 1.と3.はモンテディオのメイン層で、いつも来てくれるファンの方にいつもと違った体験をしてもらうことが目的です。1.のチームは子どもと大人が一緒に楽しめる企画として「超縁日」、3.のチームは新たな出会いを提供したいという思いから「イケおじ!いけねえ!体力測定グランプリ」を実施しました。

 2.は新規顧客の開拓を主眼に置いているチームで、「企業で運動会に出るから試合を観にいこう」という動機形成を図るべく、企業内の親睦と企業間のコミュニケーションの場を提供する「大人の青春大運動会」を行ないましたね。

モンテディオ山形U23マーケティング部・「大人の青春大運動会」の様子

©MONTEDIO YAMAGATA

 こうした施策を展開した結果、観客動員は7462人でした。今季の平均観客動員数は約8,200人ですが、ユニフォームなどを配布したりと予算をかければ倍近くに跳ね上がるので、集客目標はカードごとに傾斜をつけています。そのため動員数としては極端に悪かったわけではありません。大規模な予算をつけたカードではないものの集客自体はできており、クラブとして最低限のところは達成できたという評価です。

さまざまな場所に好影響が波及

—— U23マーケティング部の取り組みを通じて、活動目標は達成できたのでしょうか。取り組みを通じて見えた収穫や課題もお教えください。

山﨑:学生企画に対しさまざまな企業や自治体に協力いただき、企業と若者の接点を作るという地域交流には寄与できたと考えています。サポーターも今回の活動を前向きに捉えていただきましたし、そういう取り組みをしていくクラブだというエンゲージメントの向上にもつながりました。

 中でも「地元で若い人たちが活躍できるステージ」をしっかりと作れたことはとくにやってよかった部分だと考えていますし、こうした取り組みに対して多くの取材が入り、メディア露出が増えたことも収穫でしたね。

 一方で予算のやりくりについては、実務経験がないと難しい部分があったと感じています。10/8のプロデュースデーでも通常カードと同じ規模での予算を伝えていたのですが、優秀な学生でも適切に使い切れませんでした。コミュニケーションのなかで伝えていたつもりではあったのですが、こればかりはどうしても限界があったと思います。

—— 学生が主体となる取り組みをサポートすることで、モンテディオ山形という企業にはどのような影響があったのでしょうか。

山﨑:今回はメンターとして、マネジメント経験のない若いメンバーがジョインしていました。これまでは自分のことを中心に仕事をしてきたなかで、今回いきなり40人の未経験者を見ないといけないという状況になって、彼らも非常に成長できたのが企業組織として大きかったですね。

 U23マーケティング部では、なるべく多くの社員を巻き込むことを意識してやっていました。社内のいろいろなポジションの人が参加することで、企業全体としてモンテディオ山形がもたらす社会や若者への影響を実感したと思います。自分たちの振る舞いへの意識がチームとして根付いたことも収穫です。

モンテディオ山形・山﨑氏

©MONTEDIO YAMAGATA

—— 非常に得るものが多かった取り組みなのですね。

山﨑:スポーツビジネスは他の消費商材に比べて最初の興味関心を持ってもらうハードルが高いため、単純に広告を打てば人が来るというわけではありません。地域の方との交流を増やしたり、企業とコミュニケーションを取ったりといった活動を通じてクラブの認知度を上げることは、マーケティング戦略上非常に重要です。

 U23マーケティング部でもこうした活動を行なったことで、サポーターの数が増えていることは間違いありません。集客という数字の評価でいうと100点とは言い切れない結果でしたが、数字で見えない部分の成果が大いにあった取り組みであり、さまざまな方面に少なからずよい影響を与えられたプロジェクトだったと思っています。

 モンテディオ山形としても収穫と課題が多くあったので、そこにしっかり向き合って改善していけばよりいいものを作れると考えています。

クラブや自治体にも波及する「無形の力」

—— 選手や監督にも、よい影響があったのでしょうか。

山﨑:10/8は2-0というスコアで快勝を飾れましたが、渡邊監督は「試合で勝利できたのは間違いなく学生の力があった」と何度も言ってくれていましたし、試合の10日ほど前に学生の活動の場に監督が顔を出して「みんなの気持ちを選手に絶対に伝える」と言ってくれました。

 試合後に選手・監督と話しましたが、やはり気持ちの入り方が違ったという声は多く聞かれました。MFの小野選手は、試合後にX(旧Twitter)で「勝利に繋がる活動」とポストしてくれましたし、目に見えない気持ちの部分が選手のパフォーマンスにつながったかなと感じています。

 試合後の挨拶で学生もピッチを一緒に回らせてあげたのですが、そのなかで感極まっている学生がいたり、そうした学生に対して選手から「今日はありがとう」といった声をかけてくれたりといった姿も見られました。スポーツは、より多くの声援を受けるホームチームが強くなるといった「目に見えない力学」があると思うので、それをうまく作り出せましたね。

—— 自治体や他企業からは、どのような反響があったのでしょうか。

山﨑:「若者の県外流出」という、官民の共通課題に対するクラブのアプローチという意味で、大いに評価いただいています。山形県はもちろん、地元エリアの天道市や山形市に表敬訪問し、自治体の方にも取り組みへの理解と協力をいただきました。

 5月21日に行われた、対ブラウブリッツ秋田戦でのU23企画として実行した「きき米チャレンジ」では、実施にあたって両県の県庁を訪問し企画提案を行ない、企画で使用するお米を提供していただきました。

 これは山形と秋田という米どころ対決なので、「山形のお米と秋田のお米をサポーターの方に食べていただこう」という主旨でしたね。県や自治体のPRの場を提供できたと思いますし、県庁からは純粋なビジネス的視点で見ていただいた部分もあります。

 Jリーグの方からは「山形の取り組みモデルを、他の地方やクラブで実践できるといいですよね」と言っていただいていますし、我々の活動がいろいろなところに波及していくといいのかなと思いますね。

モンテディオ山形U23マーケティング部

©MONTEDIO YAMAGATA

—— U23マーケティング部は、モンテディオ山形というブランドが持つ無形の力や価値に貢献する取り組みになりましたね。

山﨑:短期的に見ればそうなのですが、中長期的にはクラブの人材獲得と集客という実利につながっていきます。今は我々の社会貢献の面が強くなっていますが、今後は積み上げてきたものが必ず集客につながっていくと思っています。

 そのためにはこの活動をしっかり続けていくことと、卒業したOBOGをしっかり巻き込んでいくことが必要です。今回はU23マーケティング部の1人がインターンアルバイトとして入ってくれましたし、将来的にはこうした取り組みを通じて社員を迎えたいですね。

 スポーツチームがやっていることは意外と地味なので、表側の華やかな部分から入ってしまうと、ただ「モンテディオが好き」で入ってきた人とのミスマッチが発生しかねません。U23マーケティング部のように仕事の裏側も全て見せて、「人を巻き込んでファンになってもらうこと」の大変さを理解した状態で入ってきてくれると、仕事に対する解像度が高いぶん姿勢や考え方が変わってきます。

2期目は「事業化」も検討

—— 最後に、U23マーケティング部の今後の展望についてお聞かせください。

山﨑:アウトプットのところは修正が必要だと思っていて、今後はプロダクトやサービスを作るような事業作りも検討したいと考えています。KPIも集客に置きましたが、結果的に単発のイベントを考えることに終始してしまった面もあるため、もう少し長い時間軸で考えたいと思っています。若い人たちの活躍の場を作るとか地域貢献につなげるといった主目標は変えずに、中身のプログラムの質を高めていきたいですね。

 また、2期目は取り組みそのものの新しさはないので、より露出も減ると予想しています。そのため「何を目標として、いかにそこにコミットするか」がより重要となるので、KGIに何を置くかも再度検討します。

 第2期も人数や体制は今年と大きく変わりませんが、学生に求められるものはよりシビアになるので、1期生が来年以降も関わってくれるとありがたいですね。あとは「高校生マーケティング探求」でJリーグの「シャレン!」(社会連携活動)を受賞できたので、来年も取れるようにと思っています。

 U23マーケティング部をよりスケールさせていくためには、確固たるスタンスや考えを持つマーケターの話をどんどん取り入れていきたいと思っています。分析に強いとか、SNSに強いといった、クラブにとって必要なものを教えていただけるような方を探していきたいですね。

【編集後記】

 山形県が2018年に行なった独自調査(※1)では、県外への転出者のうち15歳から29歳までが9,792人で転出者全体の過半数を占めており、進学・就職を機に県外に流出する傾向が際立つ。こうした人材の県外流出は現在も続いており、2021年の政府統計(※2)によると、山形県では2021年度に3,112人の転出超過を記録したという。

 

 同統計では東北・北陸・四国など地方全体で転出超過となっているブロックも目立っており、U23マーケティング部という試みはマーケティングという角度から「人口の一極集中」「地方の過疎化」といった、社会課題の解消に挑む取り組みとなる。

 

 集客面では、2023年よりプロ野球やJリーグなどスポーツ観戦での声出し応援が解禁されたことで、より観客が足を運びやすくなったこともプラス材料だ。若い力とスポーツの力を掛け合わせてさらなるファンの獲得を狙うとともに、マーケティングの「実務」を知る若い人材と地元企業の接点をより多く作ることもできそうだ。

 

 これからも地域課題の解決という「絶対に負けられない戦い」に、山形県の企業・自治体・クラブは一体となって挑んでいく。

※1:山形県子ども・若者ビジョン3章
※2:政府統計の総合窓口(e-Stat)

取材・構成:MARKETIMES編集部・中島佑馬