広告のコストパフォーマンスを評価する指標として使われるROAS(Return On Advertising Spend)。Gunosyは、独自のROASモニタリング法でLTVの予測やCPI許容値の決定を行っている。Gunosyメディア事業本部・グノシー事業部プロダクトマネージャーの眞武新太氏に、具体的な手法やLTV向上のために必要な要素、データ領域においてマーケターが持つべき意識や資質などについて取材した。
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変化に弱くスピードにも欠ける従来の測定手法
—— LTVの予測とCPIの許容値を決定するにあたって、現在どういった手法が主流になっているのでしょうか。
グノシー事業部プロダクトマネージャー・眞武新太氏(以下、眞武):まずLTVについては、基本的に実績値として計測していることが多いですね。例えばゲームアプリの場合はユーザー数や課金額、ECのような物販サイトの場合は購入単価や購入件数などを、それぞれ1か月や半年・1年といった特定の期間で見ていくというのがベーシックな手法です。
CPIの許容値については過去実績をベースに、例えばLTVを2000円と算定したとして、CPIやCPAの許容コストを500円にすればLTVに対して4分の1の顧客獲得単価になるので、ROASの値が400%になるといった感じで目標を決めていく形が一般的なやり方だと思います。
—— そうした手法においては、どういった課題があるのでしょうか。
眞武:従来のやり方では過去の実績が確定するまで意思決定ができないのですが、確定までの期間は商材ごとにまちまちで、中には1年かかるものもあります。そのため目標CPAを決めるのにかなりの時間を要したり、ある程度予測した時点でCPAを決めたとしても、市場環境やユーザーニーズなどの変化についていけなかったりするのですが、こうした変化に対してスピーディに対応できないという課題がありました。
さらに目標CPAの設定は獲得経路や訴求方法ごとに適切に変化させる必要があるのですが、それができないと間違った予算配分を行ってしまい、結果的に投資対効果の最大化が図れなくなるというのも副次的な課題として発生します。意思決定のスピードの遅さと、目的値の設定自体を間違えてしまうことが問題点ですね。
詳細なアクティビティログから正確な予測が可能
—— 貴社独自のROAS測定法では、どのようにLTVやCPIを決定するのでしょうか。
眞武:当社では、新規ユーザーがアプリをインストールしてから7日間の細かいアクティビティをログとして計測し、そのデータをベースにして1年後や3年後など長期のLTVを予測するというモデルを組んでいます。過去実績のモニタリングも行っているのですが、7日間でCPIの目標値を設定できるため時間的なネガティブポイントが解消できますね。
ログとして計測する要素は獲得経路、セッション数、継続率など多岐にわたりますが、結果的にそれぞれの要素で細かく目標CPIを定めて、最もROASが高くなっている所に予算を寄せていくというアロケーションの最適化ができるため、投資対効果の最大化を図れます。
SaaSプロダクトやtoBのサービスは予測しやすいのですが、一方で新しい領域・市場でLTVを予測することは難しいです。そうした業界における1年後の市場感と3年後の市場感は全く違ったものになるため、LTVを測定する意味そのものを見出しにくいところもあります。なので、ある程度成熟した市場で展開するtoBの製品やサービスでのLTV予測・CPA設定において、最も効力を発揮するモデルだと考えています。
—— このROAS測定法を採用されてから、収益としてはどれくらい変化があったのでしょうか。
眞武:まず前提として、当社は広告のビジネスモデルなので、基本的にはデイリーのARPU(ユーザー1人1人の広告収益)と、何日後まで使い続けていただけるのかというリテンションレート(新規ユーザーの継続率)をかけ合わせることによってLTVを算出します。収益性のARPUの部分もそうですし、リテンションの部分もどちらも高くなるように、より良質なユーザーの獲得に寄せていくことが可能です。
この指標は基本的には2021年の3月から導入しているのですが、リテンションレートは21年1月から22年8月の間で150%になり、収益も導入直後の21年5月と22年8月を比較すると14%増という結果が出ています。
マーケターはデータを現実的な運用に落とし込むためのバランサー
—— データ領域における専門的な知識がないマーケターであっても、LTV測定やCPA設定は行なわなくてはならないように思いますが、こうしたマーケターはどういった意識で向き合っていくべきなのでしょうか。
眞武:まず、「データをどう活用するのか」あるいは「どう運用に落とし込むのか」という観点において、マーケター自身がしっかりハンドリングする必要があります。データの専門家が社内にいたとしても、マーケターがマーケティングのことを1番よくわかっているはずなので、データアナリストなどからもたらされる定量的な観点からの結論を、どう現実の運用に落とし込むかという意識が大切です。
実運用において活用するためには、どのぐらい妥協して、どのぐらい粒度の粗いところで意思決定をするのかを決めなければなりません。マーケターとデータサイエンティストが互いにリスペクトし合いながら、現実的な運用に落とし込めるところまで専門性をそぎ落としていくという考え方は非常に重要だと思いますね。
—— ある種のバランサーとしての役割が重要になってくるのですね。
眞武:経営陣としては基本的に余計なものを排除してシンプルな意思決定をしたいので、適切なリスク評価がなされた選択肢を提示してほしいという要望がありますし、逆にデータサイエンティスト側は正確性を最重要視して、とにかく細かいところまで追求する方が多いと感じています。マーケターは両者の間に立ち、ビジネスとして最適な落としどころを見つける必要があると考えています。
—— データの正確性とシンプルな意思決定の間でバランスをとることが大事なのですね。貴社では、どのような形でバランスをとっているのでしょうか。
眞武:当社でもROASをメインのKPIとして追うようにはしているものの、やはり予測と実測値とのブレはどうしても生じてしまいます。その間違った予測に基づいた意思決定を行わないために、ROASに加えて社内で「CPD7」と呼んでいるものをメイン指標の1つに置いています。
これは「Cost Per Day-7」の略で、インストール後7日間使っていただけるユーザーの獲得単価と定義しています。例えば1万円を費やした施策で100人がインストールしたとして、7日目で50人残っていれば、CPD7は200円となりますね。
CPD7はROASと違い、収益性を一切見ていません。LTV予測の大きな2つの要素であるリテンションレートとARPU(収益性)のうち、収益性のほうはかなりブレやすいため、収益性にこだわりすぎると意思決定も間違いやすくなりますね。ROASが乱高下しても、CPD7が達成できていればある程度の収益性は後からついてくるので、実際の現場では落としどころを見つけながらモニタリングを実行しています。
LTVを分解し、レバレッジの効く要素に施策を集中
—— 顧客のLTVを向上させるには、何が必要になってくるのでしょうか。
眞武:まずはLTVの構成要素を分解して、「何を上げたら何が下がるのか」を可視化することが基本中の基本です。当社でいうとリテンションとARPUの2つに分けられますが、たとえばこのリテンションを7日後で分けるか30日後で分けるかといった時間軸や、媒体・獲得経路別などさまざまな切り口があります。セッション回数や記事のクリック回数など、どこかでリテンションと相関しているサブKPIのようなものがないかを探るといいように思いますね。
ARPUは広告のインプレッション数と表示回数、CTRやCPCなどからCVがどれくらい発生しているかといったさまざまな広告系の指標に分解できるので、どの指標を上げたら何が変化するのかという、適切なKPIツリーの分解をしていくことが重要です。コントロール可能な指標の区分けを行い、その中で最もレバレッジが効いてLTVを最大化できそうなものを見極め、そこに施策を集中して打っていくことが大事になると考えています。
一方でこれらを追求しすぎると局所最適になりすぎてしまうので、結果的にLTV最大化を損ねてしまうという落とし穴にはまってしまいます。まずは分解したうえで全体を改めて眺めてみて、どの指標とどの指標がトレードオフの関係にあるのかを見極めることが大事です。
マクロ的な観点の意識につながる「Gunosy Pride」
—— 短期的・局所的な数字にとらわれず、長期的・俯瞰的な視野から施策を打つことでネガティブな要素を排除していくことが大事なのですね。
眞武:当社には「Gunosy Pride」という我々のバリューを掲げた標語があるのですが、この中に「三方よし」があります。「顧客よし、ユーザーよし、世間よし。自分よし、相手よし、仲間よし」の言葉通り、自社の従業員やその家族も含めたあらゆるステークホルダー関係者全員が「よし」になる形を見つけていこうという1つの視点が、全体を眺めようという発想と通じるものがあると思っています。
いかにミクロとマクロの両方から物事を捉えることができて、さまざまな軸から物事を見ながら網羅的に思考できるかが、マーケターはもちろんプロダクトマネージャーにも求められる資質になると考えていますね。
そうすることでどんどんプロダクトも良くなっていきますし、広告主に提供できる価値も高まるという波及効果を招きます。グノシーの場合はニュースアプリとしての質を上げてユーザーのアクティビティーが高まれば高まるほど、推薦サジェクトの精度も上がってアルゴリズムも改善されていくという好循環を産み出しました。
逆にセールスチームや広告主の観点で見ると、しっかりと広告に反応してくれて、広告のコンバージョンが発生するユーザー層がアプリ内にいるということになります。そういう観点でも、ARPUが高まる=広告主への価値提供が最大化されることで、広告サイドにもいい影響がありましたね。
—— そういった意識や能力を養うには、どのような行動が必要なのでしょうか。
眞武:私は新卒でGunosyに入社したのですが、最初はひたすら管理画面を見ながら入札単価の設定や広告に出すテキストを考えて広告運用を行っていました。そういった細かい現場運用から始めたのですが、これでミクロの目が鍛えられましたね。入札単価を1円動かしたらCPIがどう動くかなどを肌で感じて学びつつ、「もう1つ上の粒度で考えられること」を常に意識して働いてきました。
例えばGoogle広告を運用している時は、広告予算全体を眺めた時に「Google広告ってどういう位置付けなんだろう」「どういう役割を果たせばいいんだろう」ということを考えていましたし、Gunosyの広告運用ではメディア事業全体を眺めて「他メディアのマーケティングとうまく連動できないか」「子会社の投資事業はどうなっているか」などさまざまなことを考えていました。
全体を眺めた時に、自分が1個上の粒度のリーダーならばどういう意思決定をすべきなのかを考えることは、思考の癖として昔からずっと意識しています。そうした思考法によって、徐々にマクロ的思考もできるようになったように感じていますね。
Gunosyは「情報を世界中の人に最適に届ける」を企業理念に掲げ、情報キュレーションアプリ「グノシー」を通してメディアの提供をしています。また、KDDI株式会社とニュース配信アプリ「ニュースパス」を共同提供し、ポータルアプリ「auサービスToday」の開発・運営を担当しております。
これらのメディアを通じたメディア事業のほか、「GunosyAds」等のアドテク事業も⾏っています。この他、お茶の D2C ブランドとなるムードペアリングティー「YOU IN」の開発・販売をしています。
編集後記
「Gunosy Prideが日常的に社員の会話の中で出てくるぐらい浸透している。こんな企業は他にないと思う」と語る眞武氏。独自のROASモニタリング法の背景ともいえるGunosy Prideは、「三方よし」「サイエンスで機会をつくる」「百年クオリティ」「逆境に熱狂せよ」の4本の柱から構成される、社員全員で共有する価値観と行動指針だ。創業時から蓄積されたデータと最新鋭の技術を組み合わせたデジタルな部分と、Gunosy Prideという精神的でアナログな部分が融合するGunosyは、これからも業界のトップランナーとして道を切り拓いていきそうだ。
取材・構成:MARKETIMES編集部・中島佑馬
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